きのうからの出張の続きである。
広島市内にある某お客さまとの打ち合わせまでの時間を利用して宮島へ渡ってみようと考えたのは、昨晩のことであって、ぜひ宮島に行ってみたという程の気持ちが以前からあったというわけではなかった。それでも博多を早朝に発って広島駅に降り立ったのは、9時を過ぎた頃であり、この頃にはかなり行く気満々になっていたわけで、その勢いで山陽本線岩国行きに乗り、宮島口に到着した。大鳥居の目の前を横切るというJRフェリーで宮島に渡る。放し飼いというよりかは、勝手に生息してる鹿たちの出迎えを受けつつ、時間もないことだし、早速厳島神社を目指して海岸線を歩いた。瀬戸内の海は静かにして澄み渡り、牡蠣の養殖筏が点在し、穏やかさを演出している。いよいよ大鳥居のところまで辿り着く。やっぱり来てみるものだなと。大鳥居の存在感に古が凝縮されているみたいだ。
空海は宮島から霊気を感じ、ここは霊場に違いないと、百日間の求聞持(ぐもんじ)の修法したということだが、ボクにはまったく迫ってはこない。むしろ、平日だというのにこんなところで何やってんだよっていう後ろめたさと、海風とともに首のあたりを刺す冷気は感じていたのだけれど。。。(笑)
そんなわけで、霊場ならぬ観光場としての厳島神社は平和である。結婚式をやっているのに出くわした。雅楽を奏でる演奏者がいて、巫女さんがいて、もちろん神主さんが新たな門出に立つ2人を見守っている。こういう古式ゆかしい神前の婚礼というのもいいのではないだろうか。
土産屋や、食事処が並ぶ町家通りを散歩しながらフェリー乗り場まで戻ることにした。途中、瀬戸内の旬の味を食せずにはいらず、焼き牡蠣をいただいた。レモン汁をかけて大粒の牡蠣をほおばってから、殻に残った汁を流し込むと口の中が幸せに満たされた。
正味90分の宮島散策の小旅行は、いつもながら駆け足の強行軍であって、きっとまたいつか、ゆったりとした旅姿で来ようと、宮島を後にするフェリーのデッキから大鳥居を眺めながらそう思った。
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