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夜の帳がゆっくりおりてゆく銀座の目抜き通り。並木通りの一角にあるビルで、長かった会議が終わり、引き続きの「食事でも」と称した飲み会も跳ねた。あとは地下鉄に揺られて家路につくだけという時間帯にファインダーを覗いていた。
だからといって何ら撮りたいという被写体があるわけでもない。ただカメラがカバンの中にあって、しかも日中に神保町で撮った残りのTRI-Xがあと15コマほど余っていたというそれだけだ。もともと夜の街を撮るなんてほとんどやったこともないし、ましてや銀座の夜なんてのは縁が無い。平成の始め、バブル経済隆盛の頃
に駆け出しペーペーの自分が上司の後ろを金魚のフンみたいにして付いて行った「銀座のクラブ」というのもあるにはあったが、遠い過去に巡った海外旅行のオプショナルツアーみたいに、とんと記憶に残っていない。
それでも、中古カメラ店に立ち寄る昼間の銀座は、とても興味深い場所だし、陽の当たる中央通りや晴海通りを歩くのは何か心躍るものがある。
老舗の百貨店があり、画廊があり、画材屋があり、もちろん食事をするのにも最高のお店が軒を構えている。華やかで気品高く、落ち着きのある街並み。老若男女がそれぞれの目的があってやってくるのだ。
こんな街に自然に溶け込めるような人間になりたいものだと思ってはいるのだけれど、どうも違和感があって、いつまでもよそ者であることはこれからも変わらないだろう。ましてや「夜の銀座」となれば、ひとりで顔を出せるような店などあるわけもなし。ただ呆然と街中に立ち尽くし、自分の立つほんの100平方センチメートルという、靴ひと揃い分の地面だけ、時が止まってしまったように動きがとれない、そんな不自由さがある。だからしかたがないので立ち尽くしたその場所でファインダーを覗く。もともとよそ者的に見ている街並みを、ファインダー越しに見るとその傾向はさらに深まる。心地よさそうに泳いでいるかの如く行き交う人達がくっきりと
見えてくる。こちらとあちらの位置関係がさらに明確になるのだ。そういう感覚で撮った絵柄を並べてみたのがここにあるいくつかの写真ということになる。
夜の撮影って難しい。ましてや「銀座の夜」となればなおさらのことだ。。。

「銀座の夜」というのは、ある意味メタファーであって、ボクの苦手としている場所を暗に指している。だから当然ながら特別、銀座の夜を目の敵にしているわけではない。昼間のどこかの空間も、ここでいうところの「銀座の夜」である可能性もあるわけだ。
そう、ただのメタファーなんだ。。。


ginnza no "夜" ;yomaru.net
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CAMERA :NIKON F3 / Ai-s NIKKOR 35mm 1:2




2006.9.29