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かなり暑いなと、ヒートアイランドを実感しつつ、灼熱のアスファルトの上を体内の水分を蒸発させながら歩いていた。所用があって休みだというのにどうしても来なければならなかった渋谷の街だ。
このところ、毎日お仕事カバンの中にしのばせておいた安物のカメラをこの日も持っていた。ひとことでいえば、使い捨てカメラと勘違いして、そのまま現像に出してしまってもおかしくない造りのカメラである。それでも小さくて邪魔にならないのでカバンの中に入れているというただそれだけの理由でこの日も持っていた。
FUJIFILM SMART SHOT PLUSというこのカメラ、シャッタースピード固定で、絞り調整もちろんなしで、ただシャッターをきるだけの操作だから、極端に暗い場所ではアンダーとなる。常識的に日中の屋外であるとか、明るめの室内で撮影できるのと、単四電池で作動するストロボもあるにはあるので、そいつを補助光とした撮影もできる。しかしボクのには電池が入っておらず、与えられた機能は放棄した状態だ。
ボクは
何か撮りたいとか、撮らねばならないといった義務感に苛まれることもなく、街中に呆然と佇んでいた。
しばしこの状況を分析しつつ、360度街の光景を見渡すに、少々空間が歪んで見えるような、どこか異国の都市に舞い降りた感じもする。時代はというと、どうしても現代とも思えず、かといって未来的かというとけっしてそんなこともなく、もちろんノスタルジックな気分をかもし出す要因があるわけでもない。言ってみれば、「堪えようのない喉の渇きに辟易しつつ場違いな場所を早く立ち去りたい」そんなところだなと考えながら早く所用を済ませて帰ろうと思っていた。
それでも所用を済ませて帰ろうかなと思う頃、少しだけ体が空間に馴染んできた。歪みと感じていた収差が許容範囲内におさまってきた。本家の更新というテーマにとっては、「機会」であり、虚脱感というテーマであれば何か撮れそうな気もした。
んー。ノウガキばかりであって(笑)。
待ち合わせのイベントを持たずに回る待ち合わせ場所は、何故かいつもより人が少なくて、こんなときだったなら、待ち人を探すのは非常に容易であろうなどと、どうでもいいことを考えながらしばらくフラフラと歩いた。
シャッターを切ったときの「音」が骨伝道で送られてきた微小な衝撃音みたいに伝わってくる。「チープだぁー」とため息混じりに呟いてみる。
モアイ像は向日葵に囲まれてリゾート風な佇まいを見せる。
意味のなさそうなテレビ局の取材に、わけのわからなそうなお姉さんが応える。
ハチ公前は今や禁煙となり、遠く追いやられるように「スモーキングエリア」に集まる愛煙家の肩は寂しそうに映る。
中華料理屋の従業員募集という看板の前のショベルのカスタムが存在感を示す。
拓郎とかぐや姫のつま恋コンサートの宣伝にボンネットバスが道玄坂を行く。
そんなとこだ。
end
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