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CANON EOS5
100-300
2004.5.29

横須賀の地で「先達に学ぶべし」。里見先生は、そう説かれた。

晴れ渡る空を早足で駆け抜ける雲あり。押し寄せる波に、三浦の浜は潮を噴いたTシャツのようにまだら模様
だ。ファンボードは波を蹴り、時に大波を踏み切りとして空に舞う。セイルに反射する陽射しが目映い。マック・ナイトの絵画のような海の光景は、三浦海岸ならではないだろうか。5月の月例ツーの舞台は三浦半島一周のpetitっとした散歩コース。なれど、この日の陽射しは馬鹿にするなかれ、完全に夏モードに入っていた。革ジャンだってメッシュの入ったものに替えないとならない季節だ。


CANON EOS5
28-105
2004.5.29



今回のスペシャルな人。そう。SGOKの大将が仕事の合間を縫ってエントリしてくれた。なんてパワフルなんであろうか。偉すぎる(半分営業か?)(爆)。
しかもHDのDX1200Sでの登場だよ。いわゆるハーレーのスポーツスターのスポーツモデル。しかも100周年のアニバーサリーモデルだ!
遠慮しいしい、のポーズを取りつつ早速試乗させていただいた。
何だよこれ!バイクなのコレ?
スタータースイッチのつもりで押し続けたのは「右ウインカースイッチ」。目当てのスイッチはその上だね。
「エヘヘッ!慣れないもんですんません!」気を取り直してイグニッションスイッチを押すと、今度はセルが力強く回りだし、一気にビックツインに火が入った。「鼓動」って、言ったり書いたりしていたけれど、初めて実感してしまった。それも、もの凄い鼓動だ。腰から背骨を伝わって、脳天までを揺さぶるバイブレーション。
走り出すと「ニーグリップなんてのは、ハナっから考えていないんです」と解説用のアナウンスが、有るわけがないヘルメット内のヘッドフォンから聴こえてきた。「そういうものなのだ。先達のすべてを基本と思い、すべてに優先してこれからの経験に反映すべし」。一瞬ヘッドフォンから聴こえてきたのは確かに里見先生の声だった。付き合いも既に2ヶ月目を迎えているから、聞き違えるわけはないのである。里見先生との共走に慣れてしまっている自分にとって、先達の走りは、想像以上に荒々しい。どうやってニーグリップするのだろうか? 膝でタンクをはさむことは不可能。といって、踝でフレームを挟むのだって、出来るわけがない、といったポジションにステップがニョキッと生えているのである。「そういうものなのだ。先達のすべてを基本と思い、すべてに優先してこれからの経験に反映すべし」。
まただ。でも里見先生の云わんとされているのは、十二分にわかっている。ハーレーは教科書で、里見先生は卒業論文、みたいな位置付けは自分の中でイメージとして確立しているのである。
了解です。里見先生!
以後も、HDを尊敬しつつ、里見先生との対話の中から、中庸とな何か?を見つけ出すことに、しばし専念することが肝要と、アニバーサリーな1200Sから教わった気がするのである。

CANON EOS5
100-300
2004.5.29



鎌倉の八幡さまの大通りを南へ下ると、穏やかな浜に直角に突き当たる。由比ガ浜の夕暮れに里見先生と降り立つ。行き交う人々は、それぞれの休日を浜辺で過ごしている。家族連れだったり、犬との散歩にわざわざ車でやってきている人もいたり、スタイルは様々だが、それでも、今、こうして気持ちよさそうに旋回するカモメを眺めながら、沈み行く夕陽を惜しみつつ、湘南の海をまぶたに焼き付け、その表情といえば、みな穏やかな笑みを浮かべ、つまり、ここへ来ているほんとうの理由といのは、みな共通なのだろう。
向こうに逗子マリーナがぼんやり見える。その先は逗子の海水浴場だし、もっと行けば葉山の海岸線が続く。来馴れた海沿いの見慣れた景色。されど、来るたびにその景色は違って見える。身近なものだったり、反対に、砂漠を数千キロ行った先の未知なるオアシスと思えることもある。きっとこれからも生きている限り、たまには訪れて、いろいろと思いにふける、そういった貴重な場所であってほしい。自分にとっては、湘南ってそういうところだ。


CANON EOS5
100-300
2004.5.29



人や、街や、すべてが影絵のようになってゆき、やがて海辺の町全体が影の中に沈んでゆくのだけれど、車のヘッドライトだけは真夜中を通り過ぎたことを軌跡として残してゆく。それは、夕陽が沈もうと、槍が降ろうと、時が確実に経過していることを我々に告げている、確かな光だ。車が道を通るたび、記憶は上書きされ、一瞬先に通過した車のテールライトは灯火のように消えていく。我々の道程も、通過したその瞬間からだれかに上書きされる運命だ。
だからこそ、上書きされる前に、記憶に残しておきたいシーンがある。それも車やオートバイでの移動中の連続する動画的イメージが脳裏に焼きつくことが多い。移動体から見た流れる景色、海の波、カモメの群、山に落ちる夕陽・・・・。それら鮮明なストップモーションとして連続的に残る印象を静止画として切り取る。

写真っていう手品のような仕掛け、好奇心をそそる写真機のディテイル、かなり好きだ。
レンズから入った光がフィルムの感光剤にあたり露光する。要は「光」だ。
写真機って瞬間の光をありのままに記録する道具なのだ。
いつまでも思い出の残像として残しておきたい特別なイメージ(=光)がきっとある。 そうした光を切り取ってゆくのが楽しい。
だれのそばにもある、豊かで穏やかで、やさしい光。
それは強弱ではなくて、温度的なものなのかもしれない。

CANON EOS5
100-300
2004.5.29



『今回の里見先生』

第五回給油:5月29日。なんと、4月24甲府市青葉町のGS以来の給油。環八のEneosにて。178.4km / 15.29リットル
第六回給油:同日、鎌倉滑川GSにて給油。114.2km /
 8.48リットル
Trip/292.6Km* Gas/23.76リットル=12.31Km/l
以上
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特別付録!月例ツーの断片のコラージュ。そっと君だけに。(爆)
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